第14回 イザナミ

 聖書の中にヨブ記という話がございます。ヨブは豊かな財産に加え、7人の息子と3人の娘に恵まれた子福者。そのうえ信心深い人格者。幸せを絵に描いたような存在であると同時に、ああいう人が幸せでなかったら世の中嘘だよね、そう感じさせる存在でもありました。

 そのヨブを見て神とサタンが議論をいたします。

「なるほどヨブは神への感謝を忘れない。だが、それはヨブが幸せだからでは?持っている幸せ全てが失われた後ではヨブが同じ信仰を保てるとは思えませんね。己の不幸を呪い、神を呪うに決まっている。なんなら試してみましょうか?」

 神は、それを了承したのでサタンはヨブから財産を奪い、息子と娘を奪い、それでもヨブが神への信仰を捨てなかったので、ヨブを重い皮膚病に犯しました。

 ヨブの妻は、夫と自分達に訪れた不幸に救ってくれない神を呪いました。けれど、そんな妻に対してヨブは、こう申して信仰を捨てませんでした。

「おまえまで愚かなことを言うのか。私達は神から幸福をいただいたのだから不幸もいただこうではないか」

 最初これを読んだ時に、えええ、サタンもいい性格だけど神様も相当いけずじゃない!財産は、まだしも息子と娘の命まで奪って信仰の深さを試そうとするなよ、と思いました。

 それでも神様は悪くないと思わないといけないのだから、一神教の神というのは日本人にとって理解しにくい存在ではありますね。

 現世利益でどこが悪い。人の力でどうにもならないことを助けてくれるから神ではないのか。

 日本人の感覚ではこちらの方が近いのではないかと思います。山には山の、海には海の禍から守ってくれる神がいる。

 古事記の話を伺うなかで日本には唯一神という考えはないという話をお聞きしました。

 万能の神という存在は日本にはいないと。

災害の多い日本では、それは当然のことでありましょう。

 神が万能の存在であるならば、どうして誰が見ても幸せになるべき存在だと思う人が理不尽に命を落とすのでしょう。

 東日本震災では職務を全うしようとした多くの公務員が命を落とした。神が万能の存在であるのなら人を救おうとした人の命をどうして守ることができなかったのでしょう?

 日本の神の二面性。恵みを与え、命を守り育む存在であり、容赦なく荒ぶり容易く人の命を奪う存在でもある。

 故に日本の神は一柱では足りなかった。火の神が荒ぶっても水の神が守ってくれる。水の神が荒ぶっても岩の神が守ってくれる。

    人ではない力を持つものが神となる。人に何かを成したものが神となる。あらゆる日本に起こったトピックが神様となっていく。

それがどういう影響を人々にもたらしたのか。強い影響を与えたものは神様となってゆく。

 古事記は神様に仮託することで日本の歴史を語る。

 悪いところのない人間は、人間ではない。どんなものにも心のどこかに悪がある。それが人間に神を選択させる。

 人が神を選ぶ。己の中の悪をねじ伏せ、鎮ませ、清しい姿でその御前に立つ為の神を。

己の中の悪も、己の中の獣も全て解放し、日常の法も捨てさって、その眷属として付き従う為の神を。

 見えない神があるのが今回の特徴。アバターは見えない神。人心が見えない時代がもう来ている。

 飲食店や小売店を虐めているのが。内閣府のアバター。性別もない。年齢もない。仮想の姿を持つものが人を支配する。

 人の代わりに機械が人を管理する。衛生管理を行う為に、人が飲食店の清潔さを管理する。やがては人ではなくAIが清潔具合を判断するようになるだろう。

 時代は止められない。歴史は絶対に後戻りしない。過ぎ去った時代は、取り戻せない。人心が動き始めると、とめどもなく歴史が動く。歴史が動くことで文化も動く。

 文化が繚乱あるいは反乱することをワクワクと楽しみ心待ちにする人もいる。文化が動くことを厭い、既に定まった過去を賛美する人もいる。

 歴史の流れは一方通行。似た様式を持つ文化が現れることがあっても、同じ様式を持つ文化が再現することはない。

 歴史は動く。おおよそ70年前に経験したように。歴史が動く。人心が動く。

人心を動かしているのはマジョリティ、マジョリティが歴史を動かす。コロナ禍が始まる前、マスク無しで街を歩く行為は普通だった。

 今では事情がある人でない限り、マスク無しで歩くのはマナー違反。ほんの一年で文化は変わる。

 何が変わるきっかけを作るのはマイノリティ。マイノリティが火をつけ、マジョリティが変える。マジョリティを動かしていく火付け役がマイノリティ。

 コロナが流行りだし、少しずつマスクをつける人が増え、そしてある時マイノリティが

「マスクをしないのはおかしい」と大きな声で騒ぎ出す。

 マイノリティの声の大きさが人心を動かす。

 手のひらの上に水を落とした。落とした水は、どちらの方向に流れるのか分からない。

 手のひらの水を零さないまま空気清浄機の前に佇む。流れないように、零さないように、どの方向にも行かないように。

 だが、どの方向にも行かない筈の水は蒸発という形で手のひらから消える。姿を変え、消えるという形で新たな方向へ動く。

 見えない人心があるのが今回の特質。見えない水、見えない神、見えない人の心。人心が見えない時代がもう来ている。

 アバターは見えない神。もう止められない。アバター同士で戦う時代。

時代を動かすのはいつだってマイノリティ。

「なんて素晴らしい乙女だろう」

 みとのまぐわいを行う時に先に声をあげるのはイザナギ。大きな声の人が時代を動かし、時代を動かしだものが人心を動かし、人心が動くと大きなウェーブが起こる。

 蒸気で船を動かすなど夢のそのまた夢だった時代。大風よりも怖いと船乗り達を途方にくれさせてものがある。

 風が吹かねば帆は動かぬ。鏡面のような凪の海。進むことも退くこともままならぬ硬直状態。閉じ込められた船の中、人は死を待しかなかった。

 風が帆を膨らませてくれるよう神に祈るか。それとも途中で風が吹くことを祈って櫂を漕いで進むのか。凪の海を櫂を漕ぐ男達の声が響く。

 船が進むたびに鏡面が割れる。男達の声が響く度に波が起こる。鏡面の海を割る船。船が進むたびに広がる波。

 硬直状態を崩すのがイザナギ。イザナギによって起こされた広がる波。人の心が動く。人間の人心が動く波のことがイザナミ。

 イザナギがやってくれた国家運営。どんな国家にすればいいのかをイザナミはずっと見ている。

 国土を固める。目標を作る。皆が集まれる場所を作る。イザナギが行うことを、イザナミという女性性がサポートする。

 

 腕を振り、この先を見せるのがイザナギ。実際にそれを作るのがイザナミ。

ヤマを作ろうと言ったのがイザナギ。作ったものをこれを山と言おうよ、というのがイザナミ。

 王の言葉を変換するのがイザナミ。変換の役割をするものが国家には必ずある。考察もなければ誇示もない。

 王の言葉を形にする為、民を動かす言葉に変える。ヤマとは、どういうものなのか?ヤマという言葉を人々に説明するおんがイザナミ。

 国家とは、どういうものなのかを虎視眈々と見つめ、人心をまとめてきたのがイザナミ。

 日本が古来一つの国であったというのは明治になってから、他国に対抗する為に生まれた神話。魏志倭人伝でも邪馬台国の周辺に幾つもの国があったことが伝えられている。

 小さな日本国が幾つもあり、その中の一つが今日まで続いてきた。沢山あった国々の中で最も上手く経営したのが今に続く日本国。

 様々な国と国がくっついた。国家と産業を動かしている人達をイザナミが掌握した。

お父さんが「車を買おうよ」と言っても、お母さんが首を縦に振らなければ買えない。妻が「いいわね」と賛同しない限り、話は動かない。

 家の中では妻が強いが、家の外では夫を立てる。これも策略。戦略の一種。イザナミという考え方は、まさしくその考え。

 大統領は、月に行くということだけを成果とする。部下は月に行く為に必要な様々なものを生み出し成果とする。

 イザナギがどんなに国を動かしても、官僚や国民をまとめていたイザナミにかなわなくなってくる。

 ナミというのは、人心、情報。ナギというのは平らで安らか。イザナギ、イザナミ。誘う安らか。誘う、人心。

 家族を掌握しているのは父親ではなく母親。引っ張ていくリーダーと実働部隊。イザナギ、イザナミという夫婦の神に仮託して、古事記は日本という国の動かし方を語った。

 男性性を補足する女性性。それは砂漠で生まれた宗教ゆえに家父長制色が強いキリスト教においても変わらない。

 男性神を補足する女性神。キリストに対するマリア信仰。神の母であるから信仰が許されるマリア。一神教の信仰は男性性と女性性が主従の関係で成り立っている。

 日本の場合は男性神の対になるのは母ではなく妻。主従ではなく対。対等に補いあうもの。平安時代の中期までは男性も女性も同じ役職があった。

 イザナギという男性性、イザナミという女性性。

  男性性の強い国々と対抗する為に、かつて日本は国の形を変えた。生き残る為にイザナミもイザナギに従い支えた。

 日本の神は主従ではなく対になるもの。イザナギがそれを忘れ、力でイザナミを従わせようとした時代の末に、またこの国は国の形を変えた。

 この国は男性性と女性性を含めて、全てにおいて循環の中で成り立っている。イザナミは、いつもイザナギを見ている。

 己が支える相手なのかを。共に手を取り合って国を作る相手なのかを。仲睦まじかった夫婦は千引きの岩のもとで永の別れを告げた。

 今の時代とイザナギとイザナミは、どういう選択をするのでしょうか?

 

 

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